母乳は私にとって息子との貴重かつ幸せなコミュニケーションです。
ですが、こんなに大変だとは始めるまで全く想像もしていませんでした。
そんな中で間中先生との出会いは大きな救いでした。
子供は母乳で育てよう、妊娠前から勝手に決めていたことでした。
ですから、妊娠したかもと思った時点で母乳育児に積極的な病院をネットで探して通いました。
桶谷式にも出産後に通おうと決めていたのですが、妊娠初期から胸が張ってあまりに痛いので、
妊娠中に診ていただけないかと問い合わせましたが、忙しそうで話も聞いてもらえず、断られました。
そして、この時点で助産師さんに頼るという考えが自然と消えてしまっていました。

病院では出産後すぐに息子の口に
おっぱいを含ませてくれました。
本能でちょっと吸ってくれたのが
とても嬉しく、愛おしく感じました。
ママになったのだという思いが溢れ出て幸せでした。
それからは入院中もほとんど同室で過ごし、
欲求にあわせて頻回授乳を心掛けていました。
息子も頑張ってくれました。
退院時にはまるで作り物のように胸はパンパン。痛くて仕方なかったのですが、
母乳が作られている証拠と、マッサージや搾乳をしながら頑張りました。
そして、だんだんと張ることも減ってきたのですが、柔らかいおっぱいになってくると
即座に母に『おっぱい出てないんじゃない?ミルクあげなくていいの?』と言われ、
心配しているとまた張ってくるという繰り返しになっていました。
授乳回数が減らない事も母が心配している要素でした。
それでもミルクに頼りたくないという気持ちが大きく、どうしても仕方ない時だけと決めて、
体重も増えている、おしっこもうんちも出ているからと母をたしなめて続けていましたが、
日に何度も排便していたのが、2ヶ月頃急に便秘がちになり、浣腸のお世話になり始めると
どっと不安が押し寄せてきました。
夜泣きなどもせず、表情や行動などの成長は早かったため、病院で大丈夫と言われても、
自分のエゴで息子に辛い思いをさせているのではないかと自分を責めるようになりました。
それ故に母に促されるまま、100日過ぎから果汁や重湯、野菜スープなどを少しずつ与えるようになり、
ミルクもごくたまに足りないと感じた時や私が病院などへ外出時に頼るようになりましたが、
3ヶ月頃、もう1つ不安材料が増えました。体重が5.2〜3kgをうろうろとし始めたのです。
出産時も2.7kgと大きくはなかったのですが、3ヶ月半で成長曲線の下線から外れていきました。
3〜4ヶ月検診では体重不増加の点だけを注意され、保健師さんからもしつこく指導されました。
そして、4ヶ月頃、仕事を依頼され、自宅で作業をしていた事もあり、もう少し割り切って
ミルクに頼ってみようかと思い、朝に100ml、昼前に40mlを飲ませたところ、
1時間後、息子の眉間が赤くなってきて、それが徐々に顔全体に広がってきました。
少し様子を見ましたが、戻らないので病院へ電話をすると、ミルクアレルギーかもしれないので
すぐに連れて来てくださいとの事。慌てて連れて行きましたが、急を要する事態ではなく、
時間外で結局何も分からず、検査もしてもらえずに帰ってきました。
ただそこで言われた事は「検査をして結果が出るまで母乳以外の物は与えないでください」。
主人や私の姉妹がアレルギー体質という事もあり、元々、アレルギーには気を付けて、
そういうミルクを与えてたので、この事は大ショックでした。そして、何があっても
ミルクには頼れないというプレッシャーが重く私にのしかかったのでした。
母乳が足りていないのではないかという不安が残ったまま、母乳、白湯、
許可されたイオン飲料のみの生活が始まりました。精神的に参りましたが、
逆に便秘が解消されたので、悲観的にならないよう努めて乗り切りました。
2週間後、アレルギーは全く心配ないという結果でしたが、不安が残るので、
ミルクを与える場合はアレルギー疾患用を与えるようにと言われました。
40mlぐらい飲めるようになっていた果汁や重湯、野菜スープなども1さじからやり直しです。
この事があってから、ミルクを与えるという選択肢が完全に頭からなくなりました。
何とか母乳で頑張らなくてはという思いがさらに強くなりました。
そんな中、それからすぐにまた便秘に逆戻りです。体重不増加と便秘の2点から
やはり母乳不足かもしれないという不安がまた日に日に強くなっていきました。
身長は伸び、身体・知的能力は発育良好で、肌のつやもあり、元気に過ごしている。
でも、どうしても体重だけが増えません。便秘も良くなりません。
母がミルクを薄めて与え過ぎて脳に障害が出てしまった子の話を聞いてきて、
このままではうちの息子の脳の発達にも影響があるかもしれないと悩みました。
そんな手探りの母乳育児を続け、息子が5ヶ月になる頃、散歩中に電柱の広告を見つけました。
【母乳育児相談 間中マザーカウンセル】わらをもすがる思いで案内通りに歩いていったのですが、
見つける事が出来ず、自宅へ戻り、ネット検索の末、メールを送りました。それが間中先生との出会いです。
『大丈夫。母乳、しっかり出てるわよ。こんなにしっかり育ってるのに足りてない訳ないじゃない。』
こう言ってもらえた時、涙が出そうでした。どんなに励まされ、嬉しかった事か。とても救われました。
そこからはどんな事があっても自信を持って、ずっと母乳を続けていこうという気持ちになれました。
それでも、その後も決して楽ではなく、それまでもたまに出来ていた白斑が何度も出来るようになったり、
体重も一時は5kgまで減ってしまい、3ヶ月以上も増えない体重はやっぱり少し不安でしたが、
間中先生の言葉を信じて、元気と笑顔のパワーをいただきながら頑張りました。
6ヶ月に近付いてくると、食べ物への興味が抑えられなくなってきたので離乳食を開始。
野菜を何でも美味しく食べてくれたので、母乳以外の栄養もきちんと取れるようになり、
気持ちも楽になりました。そうすると、自然とおっぱいの調子も良い感じになってきました。
元々食事には気を使っていましたが、離乳食のためにさらに野菜中心の生活となり、
それもおっぱいや息子の成長に良い方へ働いたのかもしれません。
便秘もすっかり良くなりました。
7ヶ月検診の際は母乳に理解のある病院の先生を紹介していただき、そちらでも太鼓判を押していただき、
自分のしてきた事は間違ってなかったんだと精神的にもさらに解放されました。
乳頭の付け根部分に出来た白斑を乳石かと思って潰してしまい、間中先生にもこんなにひどいのは初めて
見たと言われるぐらい裂傷してしまったり、減らない授乳回数にもへこたれたりする事はありましたが、
周りに何を言われても振り回される事はなくなりました。

そこからは体重もぐんぐん増えていき、7ヶ月で5.4kgだったのが、9ヶ月で6.5kg、
10ヶ月 8kg弱、11ヶ月 8.6kg、1歳 9.2kg、1歳6ヶ月 11.7kg、2歳 13.3kg。
この成長ぶりには本当に驚きました。あんなに小さかった息子が今は大きい方です。
息子は2歳になる今でもおっぱい大好きです。
栄養としてはとっくに必要ありませんが、心が満たされるようです。
もちろん母乳を続ける事に体が辛く感じる事はあります。生理も戻ってきました。
周りからはもうやめなさいと言われ続けてますが、
私と息子が納得できるまで続けていきたいと思います。
こんなにも愛し愛されている、必要とされていると感じられる時間は他にありません。
息子のおっぱいに対してのこだわりは並々ならぬもので、
2ヶ月頃から寝転がれとか身体の向きを指示したり、
自ら左右を交互に飲み分け、くわえているのと反対の方は手でキープして
いじくり続けていたり、授乳中にも色々な成長が感じられて楽しいものです。
息子と密接に対話できるこのかけがえのない時間を大切に過ごしたいと思います。

間中先生には心から感謝しています。
もし出会えなかったら、途中で母乳を諦めていたかもしれません。
もしかしたら子育てを楽しめずにいたかもしれません。
もっともっとたくさん泣いて、自分を責めていたと思います。
穏やかな気持ちで息子と向かい合えるようになったのは先生のお陰です。
もっと早くからお世話になっていればと悔やむ気持ちもありますが、
苦難を乗り越えたからこそ、結果的に得られたものも大きかったんですよね。
本当にありがとうございました。
そして、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。